2018年11月17日

M1955 ボディアーマー

みなさん、こんにちは。
ナム戦装備特集4回目です。


前々回に、ナム戦映画で間違っているボディアーマーを紹介させて頂きましたが、今回は逆パターンになります。対象の作品は、「カジュアリティーズ(1987年公開)」です。当作品は、実際に起きた米兵による民間人殺害事件を題材にした反戦映画であり、私は観終わると毎回、げんなりします。一度観てみるのは良いけれども、また観たいとは当分の間は思わない。そんな作品です。
この作品で登場する主人公達はアメリカ陸軍の兵士ですが、冒頭の戦闘シーンでは何故か海兵隊のボディアーマーを着用しています。この作品でも考証が機能していません。


では、今回も何故か間違えてしまった方のボディアーマーを紹介します。

M1955 BODY ARMOR


こちらはベトナム戦争時にアメリカ海兵隊で使用された「M1955ボディアーマー」です。「M1951ボディアーマー」の改良型として導入されました。
内部には「ドロン」と呼ばれるガラス繊維で出来た四角いプレートが入っており、前面で10枚、脇腹に2枚ずつ、背面に9枚と、少し重なる形で入っています(Mサイズの場合)。アメリカ海兵隊は白兵戦を想定しており、銃剣やナイフによる刺突から着用者を防護します。おそらく太平洋戦争(1941~45年)での戦訓を採り入れていると思われます。着用してみるとプレートが心臓や肺といった臓器全体を覆う形となり、陸軍のボディアーマーとは運用思想が異なる事が実感出来ます。まさにM1955は現代に甦った鎧でもあります。
アメリカ海兵隊は、現場の海兵隊員にボディアーマーを支給し、なお且つ着用を義務化した所、死傷率が30%減少しただけで無く、海兵隊員の士気が上がったそうです。海兵隊員の勇猛さはボディアーマーが引き出したと言っても過言ではありません。
1980年代に入ると新型ボディアーマーの配備が進み、お役御免になったM1955は警察の特殊部隊医療班で使用されていました。海兵隊から警察機構に譲渡されたものと思われます。


ポケットが追加されているM1955は分類上、後期生産型とされています。画像の物はボタンが露出していますが、隠しボタン式の物も存在します。左胸部分には小物入れ用のポケットもあります。裾部分にはハト目の付いたベルトが縫い付けてあります。第二次大戦時に製造されたフックワイヤー式の携行装備を取り付ける事が出来ますが、実際に取り付けるとバタついて足の動きに干渉してしまい、案外不便であったようです。

右肩部分にはライフルスリングを肩掛けした際にずり落ちるのを防止する為にロープが縫い付けてあります。両肩にロープが縫い付けてある物も存在します。

全開にするとこんな感じです。

品名:ARMOR BODY FRAGMENTATION PROTECTIVE UPPER TORSO M-1955 (W COLLAR)
調達年度:不明
製造業者名:不明


ラベルに記載されている説明文には、「戦闘における死傷原因の70%は破片型兵器によるものである」とあります。第一次、第二次大戦で実証されている通り、戦場で怖いのは飛んで来る銃弾よりも砲爆撃で飛び散る破片(弾片)です。

2017年に公開されたモンスター映画「キングコング -髑髏島の巨神-」は、ある意味ではナム戦映画の最新作でもありました。ストーリーは割愛しますが、この映画ではM1955を着用した兵士が登場します。登場人物達が巨大モンスターに襲われて危機的状況に晒される中、私は(悪い癖で)装備に目が釘付けでした。あと余談ですが、漫画「DRAGON BALL」で、ブルマが悟空のドラゴンボール探しを手伝いに自宅から外出するシーンでこのM1955を着用しています。フルカラー版ではグリーンで着色されていますので間違い無いです。あと、マッスルタワー編でレッドリボン軍のメタリック軍曹がM1955らしきボディアーマーを着用しています(ロボットですけど)。

今回はこれまでです。
ご覧頂き、ありがとうございました。

  


Posted by たこあし  at 18:19Comments(0)BODY ARMOR

2018年11月09日

M1 ヘルメット

みなさん、こんにちは。
ナム戦装備特集3回目です。


ナム戦装備マニア向けのリエナクメント(歴史再現)として「アホカリプス VN」という催し物があります。軍放出品の取り扱い店として有名なサムズミリタリ屋さんが毎年主催されており、南側(米軍、南ベトナム軍)と北側(北ベトナム軍、南ベトナム民族解放戦線)に分かれて部隊を編成し、規定に沿ったユニフォームと装備に身を包み、エアソフトガン(M16A1、AK47等)を用いて集団戦を行うものです。YouTubeに撮影されたイベント風景を観る事が出来ますが、演じているリエナクターのみなさんがニヤケ顔なのは頂けないですね(気持ちは分からなくも無い)。

さて、今回はかつて、世界中の軍隊の兵士が被っていて、それが長い間当たり前だった頃の装備品の一つを紹介します。

M1 STEEL HELMET

こちらはベトナム戦争時にアメリカ陸軍、海兵隊で使用された「M1スチール・ヘルメット」です。
スチール・ヘルメットは人間にとって最も重要な部位である頭部を飛来する破片から防護する為の個人装備品です。第1次世界大戦(1914〜18年)中に各国軍に普及が進んで以来、アラミド繊維のヘルメットが登場するまでの間、歩兵にとって身近な装備でした。
M1ヘルメットは第2次世界大戦(1939〜45年)中に採用。厚さ1ミリのクロムモリブデン鋼の鉄板をプレス加工して製造されます。これは「GI(GOVERNMENT ISSUE =頭のてっぺんからつま先まで全身官給品だから)」、つまりアメリカ兵の象徴とも言える存在であり、ベトナム戦争中に使用されたM1ヘルメットは大戦型とは異なり、再設計を受けて1961年に新規採用になった改良型でした。
M1ヘルメットは戦闘用ヘルメットとしては世界水準を行く物でしたが、安定性が悪いという欠点が有った為、ヘルメット本体の高さを若干抑えました(重心を下げた)。また、新型のバリスティックライナーに変更しました。
M1ヘルメットは40年以上も米軍の制式装備であった息の長いヘルメットでした。


M1ヘルメットはシェル(外帽)とライナー(中帽)の二重構造です。シェルで破片を食い止め、衝撃はライナーで吸収、発散します。これは他国軍のヘルメットには無い特徴でした。
わが国の自衛隊は創設当初、米軍から供与されたM1ヘルメットを使用していましたが、国産開発の際はM1ヘルメットを参考にし、「66式鉄帽」を導入しています。

シェルにあるストラップで顎に固定します。ストラップ先端部には爆風を受けた際、吹き飛んだヘルメットに引っ張られて首の骨が折れてしまうのを防止するする為、7kg以上の力が働くと外れる特殊な固定金具が付いています。
M1ヘルメットはフリーサイズです。ヘッドバンドの長さを調節して各人の頭部に合わせます。ネックストラップはヘルメットが前方にずり下がるのを防止する機能があります。


こちらはM1ヘルメット用の迷彩カバーです。迷彩は「ミッチェルパターン」と呼ばれます。リバーシブル仕様で葉っぱを模した迷彩柄になっています。茶系の面が上陸作戦時、緑系の面が内陸部での戦闘用と、それぞれ目的があります。戦時中の写真からは、緑側を用いている兵士ばかりで逆はほとんど無いです。

品名:COVER HELMET CAMOUFLAGE
調達年度:1973年コントラクト
製造業者名:MPLS. SOC. F/T BLIND INC.


シェルにカバーを被せます。日差しが強い場合は後頭部部分だけ外す事で、日除けになって首筋の日焼けを防ぐ事も出来ます。この後にライナーを入れます。

迷彩カバーを被せた状態です。これぞ、ベトナム戦争時のM1ヘルメットです。カバーの固定にゴムのヘルメットバンドを用います。現場の兵士達はここにタバコや虫除け剤(Bug Juice)のケースを挟んでいました。ヘルメットバンドを使っていたのはもっぱら陸軍の兵士で、何故か海兵隊員は使っておりません。単に支給されなかったのかもしれませんが、代わりにゴムタイヤを輪切りにした物を使っていました。


今回はこれまでです。
ご覧頂き、ありがとうございました。

  


Posted by たこあし  at 20:41Comments(0)HELMET

2018年11月05日

M69 ボディアーマー

みなさん、こんにちは。
ナム戦装備特集2回目です。

ベトナム戦争を題材にした映画は過去に数多く作られておりますが、その中で、「ベトナム戦争映画の代表的な作品」といえば、「フルメタルジャケット(1987年公開)」ではないでしょうか(もう一つは「地獄の黙示録」だと思います)。

前半のパートにある新兵訓練所でのやり取りは有名ですが、後半の戦闘シーンのパートも負けていません。1968年1月の旧正月に南ベトナムで始まった北ベトナム軍(NVA)、南ベトナム民族解放戦線(NLF)による一斉攻撃(いわゆる「テト攻勢」)時におけるフエ市での激しい市街戦が描かれています。

私の大好きなナム戦映画ですが、この作品を観て残念な点が一つあります。それは、「軍種とボディアーマー(防弾チョッキ)が一致していない」という点です。主人公達はアメリカ海兵隊員ですが、その彼等が着用しているボディアーマーは、何故か陸軍の物です。一部の海兵隊員が陸軍の物を着用した事は実際にありましたが、部隊まるごとは流石に無いと思われます。

では、今回は何故か間違えてしまった方のボディアーマーを紹介します。


M69 BODY ARMOR


こちらはベトナム戦争時にアメリカ陸軍で使用された「M69ボディアーマー」です。「M1952ボディアーマー」の改良型として導入されました。
現場の兵士は「アーマーベスト」や「フラックジャケット」と呼んでいました。
内部には「防弾ナイロン」と呼ばれる、ナイロン繊維をシート状に編み込んだ物が12層に重なってビニールに封入して入っており、迫撃砲や手榴弾の爆発時に飛び散る小さな破片から心臓などの臓器を防護する事を目的としています。あくまで破片防護用なので銃弾の直撃には耐えられません。
熱帯地域のベトナムでこれを着用するととても暑苦しく、歩兵部隊の兵士は着用を嫌がりました(結果、喉が乾くから)。なので基地守備隊や砲兵、装甲戦闘車両(AFV)の搭乗兵が着用していました。


前合わせはジッパーとスナップボタンです。ポケットのボタン基部は2箇所あり、内容物に応じて調節出来ます。

脇腹部分に設けてある紐でサイズ調節を行います。Mサイズの場合は胸囲90〜100cmの人物に適合します。

全開にするとこんな感じです。

品名:ARMOR, BODY, FRAGMANTATION PROTECTIVE, WITH 3/4 COLLAR
調達年度:1968年コントラクト
製造業者名:RACHMAN MFG. CO.


品名は日本語訳すると「3/4インチ襟付き破片防護ベスト」といった所でしょうか。製造からかれこれ50年物のボディアーマーですが、ラベル以外は状態が良いです。ちなみに重量は約4キロ有ります。また、極初期の生産ロットにはショルダーループが付いた物が存在するそうです。

もう一つ紹介しましょう。



こちらは前合わせがベルクロ(面ファスナー)のみに変更された改良型M69ボディアーマーです。この時代のボディアーマーの弱点は、ジッパー部分と脇腹部分にあります。防護されていない範囲が生じてしまい、そこに破片の直撃を受けて兵士が死傷する場合が起きていました。しかも、ジッパー部分の場合は負傷兵からボディアーマーを脱がす際に、破損したジッパーが噛みついて衛生兵は難渋したそうです。
当初は南ベトナム軍兵士向けに開発された物でしたが、良好な為、米兵向けにも調達されました。


前合わせ、ポケットは全てベルクロ留めに変更されています。着用時は前合わせを重ね合わせる形になりますので、上半身正面に関しては防護範囲の死角は無くなりました。襟部分はジッパー型よりは幾分高い気がします。

全開にするとこんな感じです。ラベルの色が独特です。

品名:BODY ARMOR, FRAGMANTATION PROTECTIVE, VEST WITH 3/4 COLLAR, M-69
調達年度:1970年コントラクト
製造業者名:TRENTON TEXTILE ENG. & MFG. CO. INC


このベルクロ型で初めて品名に「M69」と表記されています。では、それ以前のジッパー型では何という名称であったのかという謎が生まれます。

今回はこれまでです。
ご覧頂き、ありがとうございました。

  


Posted by たこあし  at 20:37Comments(0)BODY ARMOR

2018年11月03日

TCU戦闘服

みなさん、こんにちは。
最初の第一回目です。まずは1960年代から始めます。
時代は東西冷戦の真っ只中、東南アジアのインドシナ半島では、米ソの代理戦争である「ベトナム戦争(VIETNAM WAR)」が行われておりました。この戦いで生まれた実物放出品を紹介していきます。
頭の先から尾っぽまで、ナム戦装備特集の始まりです!


TROPICAL COMBAT UNIFORM

こちらはベトナム戦争時にアメリカ陸軍、海兵隊の兵士に支給された「トロピカル・コンバット・ユニフォーム(熱帯用戦闘服)」です。
米軍の本格的な軍事介入が始まった当初は「OG-107ユーティリティ・ユニフォーム」が主流でしたが、派遣部隊兵力の増強が図られるに従い(最大で52万名)、TCUに更新されていきました。
現場の兵士達からは「ジャングル・ファティーグ」や、単に「ファティーグ」と呼ばれました。これは陸軍での呼び方であり、海兵隊では「ユーティリティ」と呼ばれました。どちらも要は作業服という意味です。
TCUは1962年の採用以来、熱帯地域に適したデザインから南ベトナムに派遣された兵士達に支持されつつ、必要不要とされる部分の改正が図られました。大まかな改善点としては、
①ポケットを隠しボタン式に変更(露出したボタンが枝に引っかかって千切れる)
②ショルダーループの廃止(装備を吊り下げたサスペンダーの重さでボタンが肩に食い込む)
③ガスフラップの廃止(通気性の向上)
④リップストップ加工された布地に変更(布地の耐久性向上)
といったところです。
画像の物は、それらが全て反映されたTCUの完成形であり、後年に海外の研究者から分類上、「4thモデル」と呼ばれています。軍放出品の取り扱い店として有名な中田商店さんではTCUの精巧なレプリカを販売されており、商品の「ジャングルファティーグ後期型」が4thモデルに相当します。
1980年代に入るとTCUは「ホットウェザー・ユニフォーム(高温度域用戦闘服)」と改称され、87年に陸軍特殊部隊「グリーンベレー」での着用が最後とされています。



こちらはTCUのジャケットです。

縫い付けてあるパッチから、着用者はアメリカ陸軍第193歩兵旅団に所属していた一等兵であった事が確認出来ます。パッチ付きのユニフォームは実際の兵士が着用していた証であり、実物放出品の魅力の一つと言えます。第193歩兵旅団は南ベトナムに派遣されていたかどうかは未確認です。

前合わせ、ポケットともに隠しボタン式になっています。ポケットには中心部にプリーツが、側面にはマチが設けてあり、容量が拡大出来る設計になっています。また、ポケットの下部にはドルンホールと呼ばれる水抜き穴が設けてあります。

品名:COAT, MAN'S, COTTON W/R RIP-STOP POPLIN, OG 107, CLASS 1
調達年度:1969年コントラクト
製造業者名:MACSHORE CLASSICS, INC.



こちらはTCUのトラウザー(ズボン)です。

前合わせはジッパー式になっています。側面にはアジャスターが設けてあり、ウエストサイズに合わせて10cm調整が可能です。

品名:TROUSERS, MAN'S, COTTON WIND RESISTANT RIP STOP POPLIN, OG-107 CLASS 1
調達年度:1969年コントラクト
製造業者名:M.L.W CORPORATION


ラベルに記載されている品名の単語の意味ですが、
①WIND RESISTANT(略してW/R)が防風。
②COTTON RIP-STOP POPLINがリップストップ加工のコットンポプリン生地。
③OG-107は陸軍制定の107番目のオリーブグリーン色。
④CLASS1は戦争後半にERDL迷彩パターンを使用したTCU(後述)が登場した為、識別用についた番号。
また、トラウザーのラベルの中段に記載されている「TROUSERS, MAN'S, COMBAT, TROPICAL」はTCUの制式採用時の品名です。


1973年に米軍の南ベトナムからの撤退後、それまでベトナム派遣部隊向けとして、最大の軍需物資の集積拠点であった日本国内にある米軍基地(特に沖縄)を通じてTCUが大量に放出されました。本当かどうか分かりませんが、中田商店さんでは10万着もの払い下げTCUを購入したそうです。70年代後半、軍払い下げ店ではどこでもTCUが非常に安価な値段で買えたそうです。1着買うともう1着オマケしてくれたとか?(洋服の青〇のスーツかよ!)。現在のベトナム戦争放出品の状況から見るととても羨ましいですね。

今回はこれまでです。
ご覧頂き、ありがとうございました。




  


Posted by たこあし  at 11:32Comments(0)UNIFORM

2018年11月02日

ごあいさつ

みなさん、はじめまして。
当ブログをご覧頂き、ありがとうございます。

当ブログ「サープラス日記」は軍放出品、ミリタリーサープラス(military surplus)について取り扱ったブログです。
取り上げる対象は、1960年代から2010年代におけるアメリカ陸軍(US ARMY)、アメリカ海兵隊(US MARINES)の一般歩兵部隊に支給されたユニフォーム及び個人装備品です。
当ブログの趣旨は、収集した実物放出品の紹介と考察です。実物放出品を使用したサバイバルゲームを推奨するものではありません。
どこまで続くかは、部屋の押入れの中身次第ですが、こんなブログでも、観て下さったみなさんが少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

それでは始めます!
みなさん、よろしくお願いします。
  
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Posted by たこあし  at 12:25Comments(0)ATTENTION